林業労働力の確保対策
農工間不均等発展による農林業所得の家計支持率の低下、他方での都市企業による労働力吸引は山村に対しても労賃範疇の形成を促さずにはおかないのであって、従来の無権利、低賃金の「半農半労型」労働力の存在基盤は急速に崩壊していきました。
ここに林業労働力の確保対策が登場するとこうとなり、その中心的な体現者こそ、林業構造政策の担い手として位置づけられた森林組合にほかならなかったのです。
従来の薪炭生産農民、国有林の臨時作業員、「組」組織、庄屋・杣頭・組頭にひきいられてきた労働者組織などを基盤として発足した森林組合作業班は、その後順次作業班員の固定化、就労の長期化をはかっていきました。
60年代中葉から70年代中葉にかけて、林家の個別林業活動(とくに育林)が後退するなかで、政策的バックアップのもと、ひとり森林組合事業、なかんずく森林造成事業は伸展していきます。
・・・この増大する事業量に対して減少する作業班員でもって対応する体制、これこそ作業班員の就労の長期化であり「専業化」路線でした。
事実、年間150日未満就労の臨時的作業班員の絶対的・相対的減少と150日以上就労の「専業的」作業班員の絶対的・相対的増大という「専業化」傾向が直線的に進んでいったのです。