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   <title>音楽界の神童</title>
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   <updated>2012-01-21T21:05:03Z</updated>
   <subtitle>天才か？それとも奇人か？そんなモーツァルトの一生と作品を研究</subtitle>
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   <title>ある一本の電話</title>
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   <published>2012-01-21T07:46:56Z</published>
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   <summary>1月も終わろうとする頃です。 ある女性から電話がかかってきました。 「もしもし、...</summary>
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      <![CDATA[1月も終わろうとする頃です。


ある女性から電話がかかってきました。


「もしもし、先生ですか？」


「はい、そうですが」


「私、今から10年くらい前に先生にお目にかかったことのある○○ですが、その節は大変お世話になりまして・・・・・・」


これは大変、旧悪がバレて報復の電話かも(？)と冷や汗をかく思いでいると、突然、そうだ、あのときの女性かもしれないと、薄ぼんやりと彼女のイメージが浮かびあがってきました。


ある大学の講師をしていた方の教え子で、ファッションや絵のモデルをしたり、ナレーターなどもやっていた○○嬢であることがわかりました。


彼女はとてもおしゃれで、<a href="http://store.shopping.yahoo.co.jp/mikawatk/a5c7a5e5a5.html" target="_blank">デュポン ライター</a>のような高価なブランドライターをプレゼントしてくれたこともあるのです。


わたしの著作なども随分読んでいることがわかりました。


要件はこうでした。


彼女、は六本木にあるマンションの1階に、「ブティック66」を開いた。


3月が開店1周年に当たる。


・・・それを記念して、帝国ホテルで約30点のミニ・ショーを開くので、わたしに「素敵なおしゃれ」という30分の話をして欲しいという依頼です。


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   <title>林業労働力の確保対策　4</title>
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   <published>2011-12-10T02:45:24Z</published>
   <updated>2011-12-10T21:05:02Z</updated>
   
   <summary>労働条件では民有林労働者のトップクラスにある上矢作町森林組合作業班員の場合には、...</summary>
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      労働条件では民有林労働者のトップクラスにある上矢作町森林組合作業班員の場合には、年間賃金は伐出で285万円(251日就労)、造林で256万円(212日、いずれも81年実績)です。


地域労働力市場の中で最上層に位置する営林署、役場、農協、森林組合職員等の官公署的賃金水準(上矢作町役場男子平均364万円)に次ぐ位置を占めています。


この地域(近隣市町村を含む)の主産業である窯業の労賃水準とほぼ肩を並べています。


労働者の側からの主体的な運動がない限り、林業資本にとっても林業政策としても労働条件の改善(そのための「専業化」)の緊急性ははるかに遠のいたわけです。


事実、「専業化」路線が目指したはずの社会保険の整備も一部を除いては遅々として進んでいません。


80年の適用率は雇用保険37・2%、健康保険7・6%、農林年金422%、中小企業退職共済21・9%、森林組合労務共済31・8%など、全般的に低水準にとどまっています。


第三に、こうした改善されない労働条件の中で、作業班員自身が真の専業労働者化・・・


すなわち、通年丸ごと森林組合作業班で就労することによって家計を支えること、に一種の&quot;ためらい&quot;を感じており、専業化要求がそれほど強烈には出てこない、という点です。


      
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   <title>林業労働力の確保対策　3</title>
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   <published>2011-11-10T02:44:43Z</published>
   <updated>2011-11-10T21:05:25Z</updated>
   
   <summary>第二に、前述のように大企業の「減量経営」の展開、不安定座用の本格的活用に伴なって...</summary>
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      第二に、前述のように大企業の「減量経営」の展開、不安定座用の本格的活用に伴なって膨大な相対的過剰人口が全国的にも、また山村労働力市場においても滞留し・・・


「労働力不足」下の林業労働力確保策としてとられた「専業化」路線はその根拠を失なってきたことです。


高度成長期に林業資本が労働力確保をめぐって対抗しなければならなかったのは、山村から労働力を吸引するところの域外(主として都市部)非農林業資本です。


そのためにはせめて「他産業並み」の労働条件、なかんずく格差が著しい社会保険の適用水準の引上げを実現しなければならなかったのであり、その手段こそ「専業化」にほかならなかったのです。


しかし、いまや事情は一変しました。


若年労働力は別にすれば、林業資本が主たる競争関係にたつのは山村労働力市場を構成する諸資本ということになったからです。


山村労働力市場の現段階的特徴はすでにふれたごとくですが、この中にあって林業の労働条件は必ずしも低いものではありません。


林業労働力の中心をなす男子中高年労働力に関して、林業と最も競合関係が強い職種は土工ですが、両者の賃金は(日額、「林業統計要覧」による80年比較)伐木・造材の8、320円、造林の6、210円に対し、土工は5、567円とかなり林業の方がまさっています。


      
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   <title>林業労働力の確保対策　2</title>
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   <published>2011-10-09T01:43:48Z</published>
   <updated>2011-10-09T20:05:02Z</updated>
   
   <summary>低成長経済へ移行する70年代中葉以降になると、この「専業化」は明らかに停滞し、逆...</summary>
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      低成長経済へ移行する70年代中葉以降になると、この「専業化」は明らかに停滞し、逆に臨時労働力の「見直し」とその本格的活用が進んできます。


最も「専業的」部分である210日以上層の割合は74年の22・7%が80年までのピークですし、150～120日層の割合も78年から微減傾向にあります。


作業班員一人当りの年間就労日数においても140日前後で停滞しています。


一方、いままで減少が著しかった60日未満槽もこの3～4年わずかではありますが、増加傾向さえみせています。


「専業化」の停滞と臨時労働力の本格的活用を生みだした要因としては次の4点を指摘することができるでしょう。


第一は、不況下で森林組合の経営が困難となってきたことです。


森林組合事業を大きく支えてきた機関造林および国有林野事業が公社.公団の財政悪化、国有林の資源的.施業的制π約(73年の「新たな森林施業」など)によって減少したこと・・・


さらに、木材価格の低迷による林産・販売事業の減少がその主な原因となっています。


      
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   <title>古代の占いについて</title>
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   <published>2011-09-14T07:15:53Z</published>
   <updated>2011-09-14T20:05:02Z</updated>
   
   <summary> 神秘的な威力・・・ あるいは驚異を生み出す力に対する信仰は、民族の差異によって...</summary>
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      <![CDATA[
神秘的な威力・・・


あるいは驚異を生み出す力に対する信仰は、民族の差異によってその名称もちがいますが、学問の上では普通に"マナ"といりております。


マナは、太平洋諸島、特にメラネシアの土語で、コドリングトン僧正がその著作『メラネシア』において説明したのが始めです。


またポリネシアやインドネシア諸島の未開人にも等しく共通したことばであります。


A・C・バッドンの『呪法と呪物崇拝』にいう・・・


「メラネシア人の心は、ほとんど一般にマナといわれている超自然的な力に対する信仰にとらわれている。


この力の働きは人間普通の力を超越し、日常自然の過程を飛びはなれたことを現出するものであって・・・


この力は生命の働きの中にあらわれ、人間にも事物にも存在するが、それが表面にあらわれるものは、ただその作用から来たとみとめ得られる種々の結果の上においてである」。


<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話占いの詳細は＞＞</a>


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   <title>仏像の手のかたち　2</title>
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   <published>2011-09-11T04:50:18Z</published>
   <updated>2011-09-11T20:05:02Z</updated>
   
   <summary>左手の人差指を上に向けてこぶしをつくり、右手のこぶしのなかに入れた形を「智拳印」...</summary>
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      <![CDATA[左手の人差指を上に向けてこぶしをつくり、右手のこぶしのなかに入れた形を「智拳印」といいます。


金剛界の大日如来の結ぶ印で仏と私たちが一体となることを意味しています。


この他にもいろいろな形がありますが・・・


これらの違いはみな仏教の教えをあらゆる手段で人びとに示すシンボリズム(象徴)なのです。


さて、インドは熱帯国だけあって、いたるところに咲く花の香りが芳ばしく、そのなかでも、色や香りや形や大きさの点で、蓮華が最上の花とされています。


蓮華は古くからインドの神話で重視されています。


ヴィシュヌ神のヘソから生じた蓮華の上に梵天(ブラーフマー)が坐して宇宙を創造したと伝えられているくらいです。


おそらくこの故事の影響を受けて、後世のインドの仏師たちは、泥沼から生ずる蓮華が濁りに染まらぬ清い花を咲かせるところから、尊い仏像をつくるのに蓮華の台が用いられたのでしょう。


<a href="http://www.soka-butudan.jp/" target="_blank">創価学会　仏壇</a>などを持っている方なら、このような話は興味深いのではないでしょうか。


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   <title>仏像の手のかたち</title>
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   <published>2011-08-03T04:49:24Z</published>
   <updated>2011-08-03T20:05:04Z</updated>
   
   <summary>仏像をよくみると、それぞれ手や指の形、持ち物が違っています。 ・・・これを手印、...</summary>
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      <![CDATA[仏像をよくみると、それぞれ手や指の形、持ち物が違っています。


・・・これを手印、あるいは印契、契印、印相などとも呼んでいます。


奈良の大仏は右手を右胸の前に出し、手のひらを立てて前方に向けていますが、これを「施無畏印」といって、説法していることを意味します。


左手のひらを前方に向けて下に垂らしているのは「施願印」といいます。


人びとの願いをかなえてあげようという意味をあらわしています。


鎌倉の大仏は左右の手のひらを重ね、人差指を曲げて親指とつなぎ合わせていますが・・・


これを「定印」といい、真実の姿に想いをめぐらしていることを意味しています。


両手を胸のあたりに持ってゆき、右手を前方に向け、左手を下でささえているのを「転法輪印」といい、これは釈迦が説法していることを意味しています。


家に<a href="http://www.soka-butudan.jp/" target="_blank">創価学会　仏壇</a>があるという方なら、このような話はきっとご存知でしょう。


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   <title>マリンスポーツをする前に　2</title>
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   <published>2011-07-07T01:14:35Z</published>
   <updated>2011-07-07T20:05:17Z</updated>
   
   <summary>ボードを使ってアキレス腱を伸ばすのもいいでしょう。 海に入る寸前まで、身体が少し...</summary>
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      <![CDATA[ボードを使ってアキレス腱を伸ばすのもいいでしょう。


海に入る寸前まで、身体が少し温まるくらいまでやれればOK。


ではここで、プロに聞いたワンポイントアドバイスを。


ビギナーの場合に多いのが、足をつることだそうです。


足をつるのはいちばん危険なことで、つると波打ち際でも溺れる場合があります。


特に足の筋、筋肉はゆっくり長い時間をかけて、足だけでも最低5分間はストレッチしましょう。


特に<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">初心者 サーフィンスクール</a>などに通っている初心者の方はなおさらです。


海に早く入りたいという気持ちはよくわかりますが・・・


その気持ちは抑えて、海に入ってからより楽しむためにも、ストレッチは十分にやって下さい。

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   <title>マリンスポーツをする前に</title>
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   <published>2011-06-04T01:13:14Z</published>
   <updated>2011-06-20T04:51:59Z</updated>
   
   <summary>マリンスポーツをする前に大切なことは、準備運動です。 ストレッチをする時の注意は...</summary>
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      <![CDATA[マリンスポーツをする前に大切なことは、準備運動です。


ストレッチをする時の注意は呼吸。


息を止めたりしないで、普段の呼吸をこころがけましょう。


足・腰・肩・腕と部分的に十分筋を伸ばしたら、次は全身。


これは小学校の頃から体育の授業でやってきた柔軟運動を思い出してください。


足をひらいて座り、屈伸運動。


背中、モモ、ふくらはぎの筋が伸びるのを感じながら体をゆっくり前に倒していき、限界だと思うところで少しストップ。


決して人に無理に押してもらったり、背中の上に乗っからせたりしないこと。


ストレッチは必ず自分の力でやるようにしましょう。


くり返し続けることで体は自然に柔らかくなっていきます。


これはわたしが<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">初心者 サーフィンスクール</a>に通っていたころに聞いたことです。


最後はフィンをつけた状態で仕上げのストレッチ。


歩いてみて足のどこに負担がかかっているかを確認しながら、足首がつらいと思ったら足首を、ふくらはぎだったらふくらはぎの筋をもう一度十分に伸ばしてあげましょう。

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   <title>林業労働力の確保対策</title>
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   <published>2011-05-24T01:42:45Z</published>
   <updated>2011-06-20T04:52:00Z</updated>
   
   <summary>農工間不均等発展による農林業所得の家計支持率の低下、他方での都市企業による労働力...</summary>
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      農工間不均等発展による農林業所得の家計支持率の低下、他方での都市企業による労働力吸引は山村に対しても労賃範疇の形成を促さずにはおかないのであって、従来の無権利、低賃金の「半農半労型」労働力の存在基盤は急速に崩壊していきました。


ここに林業労働力の確保対策が登場するとこうとなり、その中心的な体現者こそ、林業構造政策の担い手として位置づけられた森林組合にほかならなかったのです。


従来の薪炭生産農民、国有林の臨時作業員、「組」組織、庄屋・杣頭・組頭にひきいられてきた労働者組織などを基盤として発足した森林組合作業班は、その後順次作業班員の固定化、就労の長期化をはかっていきました。


60年代中葉から70年代中葉にかけて、林家の個別林業活動(とくに育林)が後退するなかで、政策的バックアップのもと、ひとり森林組合事業、なかんずく森林造成事業は伸展していきます。


・・・この増大する事業量に対して減少する作業班員でもって対応する体制、これこそ作業班員の就労の長期化であり「専業化」路線でした。


事実、年間150日未満就労の臨時的作業班員の絶対的・相対的減少と150日以上就労の「専業的」作業班員の絶対的・相対的増大という「専業化」傾向が直線的に進んでいったのです。


      
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   <title>造林をめぐる問題　4</title>
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   <published>2011-04-17T00:19:48Z</published>
   <updated>2011-06-20T04:52:00Z</updated>
   
   <summary>現在の担当区主任が行う造林事業の監督とは、おそらくほとんど時問管理にすぎないので...</summary>
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      現在の担当区主任が行う造林事業の監督とは、おそらくほとんど時問管理にすぎないのではないでしょうか。


せめて一般水準程度の造林技術については自信をもって指導できるようになってほしいものです。


その教育は営林署幹部の当然の責任でもあります。


しかし、こうした技術の研究とその普及はまず林野庁、営林局の当該幹部自身の情熱と実行が最も必要かつ効果的と思うのです。


命令と型どおりの受け売り的指導では絶対前進できないことを自覚してほしいものです。


戦前の山林局などの上層幹部の熱意、行動力と、その指導が末端の現場まで徹底した態勢を見直してほしいのです。


旅費がない、時間がない、団交でひまがないでは通用しません。


・・・それらの経費、時間よりはるかに大きな利益と責任が待っているのです。


      
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   <title>造林をめぐる問題　3</title>
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   <published>2011-03-17T00:18:49Z</published>
   <updated>2011-06-20T04:52:00Z</updated>
   
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      人材の確保については相当な困難を伴ったのですが、その方法にも問題がありました。


それは40年代に伐採、造林は最盛期を迎え、その10年後の50年代には事業が激減することは当然予想されたにもかかわらず・・・


事業は直営直用を原則とし、作業員の常用化即ち職員化を積極的に進めたことです。


その結果、事業がなくなると遊んでいるわけにもいかないので伐ってはならないところまで伐るという、ニ重の過ちを犯す羽目にもなってしまっているのです。


拡大造林の弊害が随所に現れ、さらにそれらの傾向がますます深刻化することが十分察知されていたのですから、この時点でも早急かつ大幅な減伐に転換すべきであったと思われます。


・・・しかしお役所というところは会社と違って、「林力増強」という大義名分の旗印は容易におろせないのです。


またこれに乗った労働組合は我が世の春とばかり縮小は絶対許さないのです。


まさに親方日の丸です。


他方、唯一の現場監督者である担当区主任は造林に全く関係のなかった人が多く、登用試験に合格してわずか2週間程度の造林の基礎教育を受けるのみで現場に出されるのです。


こうした人たちが伐採跡地の植栽樹種の選定、苗木の取扱い、植付方法から保育など全面的な指導監督を強いられているのだから驚くほかありません。


ましてや2、3年で転勤ときては、担当地域の気象条件をはじめ地質、樹木の成育状況その他に関し自信をもって指導に当たることなどできるはずがないのです。



      
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   <title>造林をめぐる問題　2</title>
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   <published>2011-02-17T01:18:04Z</published>
   <updated>2011-06-20T04:52:00Z</updated>
   
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      事実は逆にこれこそ国有林野事業の運営を大きく狂わせてしまったといっても過言ではないでしょう。


ただし、この大造林はおそらく世界的にみても特錐すべき規模であり、欠陥林もあるがその成果のいずれ見事な花の咲く時期が訪れることは疑いのないところでしょう。


当時の関係者の労をねぎらうにやぶさかではありません。


次に、労働力の確保および技術指導、訓練の困難性について。


造林事業では大きな断続の波が起こると、継続雇用をしておれば赤字となり、そのつど解雇すれば作業員、特に優良作業員は離散して2度と寄りつかないことは当然です。


いずれにせよ自らの首を締めることになるのです。


特別経営事業の第一次大造林期には作業はほとんど請負でした。


当時は賃、金も安く労働力事情は問題なかった上に請負であるから、鬼に金棒といった労働環境でした。


しかし第二次大造林期には、一般産業は第二次、第三次産業への変革期ともなったことから林業から優良作業員がどんどん流出する環境にあったにもかかわらず、林力増強計画によりますます大量の作業員を必要とする皮肉な事態となり、苦境に立たされたところも多かったでしょう。


      
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   <title>造林をめぐる問題</title>
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      すべて造林が間断なく続いていれば・・・


また、人工造林をすれば宝の山になるなどと単純に考えての無謀な計画がなければ、大損害を被らずにすんだであろうと残念でなりません。


30年代後半から40年代前半にかけて、伐採収入はあり余って使途に困るほどでした。


しかし、本計画による人工林化のためにますます伐採を進め、造林面積は拡大するばかりでした。


当時営林局が全国に十4ありましたが、前橋営林局一局で年間の造林面積が約1万ヘクタールに・・・


そのうち最大となった一営林署で800ヘクタールになるといったまさに無茶というほかないような大造林時代を迎えてしまったのです。


当然その報いとして、職員、作業員の雇用の混乱、不成績地の続出、手入不良、間伐不能など後遺症がいまだに続いているのです。


さらに一律一樹種の針葉樹造林となったため、国土保全や水源林その他の公益的機能の弱体化を招いたところも多いのです。


現在国有林の人工林率は31%ですが、既にこのような状況にあるのです。


この「林力増強」・・・


即ち人工林化が、林業あるいは国有林野事業の発展のため唯一無ニの方策であるという自らつくった字句に完全に魅せられてしまったというほかありません。



      
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   <title>タダ酒は飲むな</title>
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   <published>2010-12-01T03:37:10Z</published>
   <updated>2011-06-20T04:52:00Z</updated>
   
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      <![CDATA[昭和30年3月、京都大学卒業式の折、時の学長滝川幸辰博士が卒業生にはなむけの言葉として「諸君はタダ酒を飲むな」と説かれ話題を呼びました。


この言葉の意味と背景を理解するには『京大・滝川事件』について、その全貌を知っていると納得しやすいでしょう。


昭和8年の第64帝国議会において、宮沢裕衆院議員(宮沢首相の父親)が、滝川教授の『刑法読本』は姦通を奨励。


内乱を是認しており赤化思想の所産であると断じ、罷免せよとせまり、時の文相鳩山一郎は京大総長に滝川教授辞職を要求しました。


・・・これに対し法学部の全教授は「学問の自由の弾圧」だとし、総員連挟辞職すると申し合わせ、時の権力と対決したが抗しきれず、滝川教授は辞職。


弁護士を開業して糊口をしのいでいます。


強硬派の佐々木惣一・末川博教授らは追われ立命館に移りました。


これを契機に学問の自由に対する弾圧が本格化。


昭和10年には美濃部達吉博士、その後東大の矢内原忠雄・大内兵衛教授の追放、河合栄次郎教授の休職発令へと発展していくのです。


これは<a href="http://www.kanritenshoku.com/" target="_blank">経理　転職</a>を目指している人にとっても大変興味深い話でしょう。

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